Fahrenheit -華氏-
家具が何もない部屋をあたしは見渡した。がらん、と空虚な音が聞こえてきそうだった。
「忘れ物は…ないわね」
借りていたグリニッジのアパートの玄関ホールでスーツケースを引っ張りながら、あたしは部屋を振り返った。
「Is that all you're taking?(荷物はそれだけ?)」マックスの声が聞こえて振り返った。
「Most things are sent to Japan.(ほとんどの物はもう向こうに送ってあるわ」
「Uh-huh.(そうか)」
「Mom!(ママ)」小さなユーリがあたしの元に駆け寄ってくる。そしてぎゅぅっと小さな手で力いっぱいあたしの足を抱きしめる。
ユーリにはあたしが離れてしまうことを言ってはいない。でもこの子なりに何か勘付いているのかもしれない。
唐突に涙がこみ上げてきて、あたしは目頭を押さえた。
この子は知らない。あたしが遠くへ行こうとしていることを……
何も………
「July.Be a good girl.(ユーリ、いい子にしてるのよ)Listen to dad.(パパの言うことをよく聞いて)」
July.I love you.(ユーリ。愛してるわ)It should be remembered that me.
(あたしを忘れないで)
「I love you too.(あたしもだよ、ママ)」
小さな体を力いっぱい抱きしめながら、あたしはとうとうこらえられなくなって涙を流した。
申し訳なさそうな、それでいて困り果てているボディーガードのティムがユーリの手を引いて車に入っっていった。
Bye bye for now.(バイバイ)小さく心の中で囁き、あたしはその様子を見送った。