Fahrenheit -華氏-

言って、俺と裕二は顔を合わせた。


二人同時に腕を組むとシートに背をもたれさせる。


「「わっかんねぇな」」


車は緩やかに走っている。金曜日の夜だというのに、思いのほか道はすいていた。


「不倫……かぁ」


裕二の仮説の方がしっくりくる。


『結婚は墓場』


あの場に居た他のメンバーには聞こえなかったかもしれないが、俺にはその言葉がしっかり届いていた。


あの言葉には……


妻子持ちの男に対する恨みがましい気持ち。


そこには自分が得られなかった幸せが確かに存在して、その幸せを簡単に掴める桐島に対して…あるいは桐島と結婚する女に対して


憎しみを覚えた気持ち。


好きな男と添え遂げられなかった、哀しい気持ち。


それらが存在しているのだろうか。




いや、そんな感じには思えなかった。


もっと根が深くて、哀しい感情に取れたのは俺だけだろうか。


って言うか、俺だけしか聞いてないんだけどね。




「不倫……だろうな…うん。子供嫌いの理由もお前が言った通りだと思う」


俺は前を見ていた顔を裕二の方に向けた。


裕二は勝ち誇ったように、ふふんと笑みを浮かべた。







でも……


何かが引っかかる。


子供を愛していて、家庭を捨てられなかった男を柏木さんは愛していた。


その過去があるのなら、何で携帯の待ちうけにあんな画像を選ぶ?


身内だから、とかそんな簡単な理由でも、そこまで毛嫌いしている子供を待ちうけにする理由が分からない。



かすかな矛盾と、妙な引っかかりを覚えて、俺の中はもやもやと気持ちが悪かった。





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