Fahrenheit -華氏-

「悪い男か。そう言われるの、悪くないね」


俺は紫利さんの頭を撫でると、強引に俺の胸へ戻した。


「悪い男って言うのは、女にとって素敵な男を意味してるのよ。啓人は素敵よ。


秘密が守れて、こっちのことを深く詮索してこない。私が求めてることだけに答えてくれて、見てくれも申し分ない。


こんな良い男なんて他にいないわ」


紫利さんは俺の胸の中で小さく笑った。






…………



そう、俺はいつだって女が望む自分になれる。


女が何を求めてるのか、何を望んでるのか。


探り当てて、演じるのは苦痛じゃない。


但し、面倒くさいのはゴメンな。


本気じゃないから、好きじゃないからできることで。





だから俺の苦手な女は俺の心を要求してくる女。




「女はね、地位も金もあると男なんて必要なくなるのよ。だって一人で生きていけるもの。


そりゃ寂しいときもあるでしょうけど、その時々に適当に遊ぶのが性に合ってると思うの」


「紫利さんもそうなの?」


「さぁ、どうかしらね?啓人は私が欲しいものをくれるけど、私が本当に望んでいることを知らない。でも知らない方が




幸せよ」



知らない方が幸せ……


じゃぁ柏木さんのことも知らない方がいいのだろうか。




柏木さんは何を望んでいるのだろう。


何を考えているのだろう。


雲のようにつかめなくて、霧のようにとりとめのない。


見た目はふわふわしてるのに、中身は棘だらけ。


柏木さんは……


誰かを求めることがあるのだろうか?


これから誰かを愛することがあるのだろうか?




紫利さんを抱きしめながら、俺の頭の中は柏木さんのことでいっぱいだった。




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