【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐




残念ながら、今日は暁くんは来ていない。


数日前からまたイギリスに戻っているからだった。



“オルドリッジ家には逆らえない”そう言っていた暁くんの言葉が甦る。



予定では、明日には戻っているはずだ。



でも、もし戻って来なかったら、という不安はこの数日間常にあたしの中にあった。



いつかはイギリスに帰ってしまうかもしれない暁くん。



そのいつかが、もし今だったら。



暁くんにはもう会えないかもしれない。



暁くん、また会えるよね…?





あたしは青い空に浮かぶ、真っ直ぐな飛行機雲を眺めて強く願っていた。






***********





今日はリコールも定休日で、大人しく家へ帰る。




ついでに途中でスーパーに立ち寄り買い物をした。




今晩の献立は冷やし中華にしようかな。


なんて思いながら、家の鍵を開ける。しかし。



…あれ?開いてる?


やだ、閉め忘れたのかな?



不審に思いながらも家の中に入ると、男物の革靴が玄関に揃えてあった。




嘘でしょ…?




その靴に思い当たる人物を思い浮かべ、慌てて家に上がる。



そして、リビングにその人はいた。



…お父、さん。




スーツ姿でソファーに身を沈め、煙草を吸っていた父親。




その姿を見たのは、実に10ヶ月ぶりだった。




「…なんだお前、学校はどうした。」



紫煙をくゆらせ、不機嫌そうにあたしに目をやる父にどうしようもなく腹が立った。




“今日は終業式だから午前で終わり。”



それだけ答えて、買ったものを冷蔵庫にしまう。




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