The World
 それも束の間。「高校生」と言われた自分が、まるで「ガキだ」と言われたようで、ムッとしてしまう。

黙っているはずなのに、先生は余裕たっぷり。それが何だか、自分の幼稚さを余計に身に染みさせるようで、悔しくなった。

「でも、ここは先生のテリトリー内なんでしょ」

「そんなの、関係ねぇだろ」

「……あっそ」

「拗ねんなよ」

所詮、先生から見れば、私は子供か。悲しいな。何だか泣きそうだ。
口元が歪んでいくのを感じて、慌てて顔を背ける。
こんな姿を先生に見せたくなかった。


「黒木」


返事をしたら声が揺れてしまいそう。
先生のわざとらしい溜め息が聞こえてくる。私、呆れられてるんだ。


「……少しだけ、な」

えっ、と閉ざした口が開いた瞬間、大きな手が伸びてきたのが、スローモーションになって感じられた。


刹那にして、視界が白い世界へ変わる。

白衣に包まれた私は、既に先生の掌に捕まっていた。消毒液の匂いがツンと鼻を刺激する。

捕まれた顎が、角度を先生の方へと強引に変えられた。


これは、キスだ――


そう認識するまで、私の脳内は真っ白のままで。


近付いてくる先生の唇から、ほんの少し煙が零れていく。


震える睫毛の幅が狭まる前に、先生はぱっと手を放した。

「煙草の味は、お預けだな」

そう耳打ちすると、先生は煙草の箱をさっとポケットの中へ忍ばせた。

一瞬の出来事で、何が何だか分からない私は、呆然としたまま、先生の素早い動きを見ているだけで。数秒もしないうちに、ドアをノックする音が耳に響いてきた。

「失礼します。百田先生は……あ、良かった、いらっしゃったか」

扉から現れた教頭先生は優しい笑みを作って、室内に入ってくる。百田先生はさっきの表情は嘘みたいに、再び固い笑顔を作った。

「どうされました?」と教頭先生の方へ歩いて行く。私から遠ざかって行く。

さっきまでの先生とは何だか別人みたいで、今になって心臓が煩く鳴り始めてきた。


遠くにぽつんと残された私は、まるで蚊帳の外。けれども、鼻に残った消毒液の匂いだけが妙にリアルで。

触れてもいない唇が、ただただ熱くなっていた。


―ため息―
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