The World
 ドアを開けると、暖かい空気が頬を撫でた。
生暖かい、消毒液の匂いさえも懐かしくて切ない。

「で、卒業式だってのに体調悪いのか、お前は」

「先生こそ、おめでとうも言ってくれないんですか」

ボリボリと頭を掻く。それから渋々、

「おめでとう」

目線を机の上に向けたまま、そう言った。

面倒臭そうな、呆れたような、この表情はもう見慣れた。先生の癖みたいなものだ。


机に近付くと、すぐに先生と目が合った。先生は時々、鷹のような鋭い視点の切り替えをする。これ以上近寄るなとばかりに。

「……おい。ここは体調の悪い人が来る所だぞ」

「知ってます」

「最後の日までこんな事を言わせるんじゃない」

これももう聞き慣れた。最初みたいに、へこんだりはしない。
これが最後だと思うと、少し寂しい。寂しいけれど、別の感情がそれを強く押し上げてくる。

今日が、最後の日。
最後の日だった。

私は今日高校を卒業した。
先生の生徒という枠から卒業した。
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