君を忘れない
この恐怖、不意にあのときのことが思い出した。

あのときは病院の床ではなく、等々力陸上競技場のサブトラックだった。





俺は陸上部というものには入部したことがなかったが、それでも走るのが大好きだった。

走る距離や、タイムならそこらの陸上部といい勝負できるくらいの自信はあったし、実際に体育の授業だが何人かの陸上部には勝ったことがある。



それなのに、陸上部に入部しなかったのは二つ上の兄貴の存在があったからだ。



兄貴は勉強はできなかったが、地元の高校の陸上部に所属していて八百mでインター・ハイや国体にも出場し、四位にもなったことがある地元の陸上界ではちょっとしたスターだった。

その弟が陸上部で走っているとなれば、周囲は期待をしてしまうものである。



そんな兄貴と比較されるのが嫌で、俺は陸上部としてではなくいつも一人で走っていた。

走っているときは何も考えなくてもいい、自分だけの時間だ。

兄貴と違って、長距離、ハーフマラソン、フルマラソンと長い距離を走るようになったのは、少しでも長いこと自分だけの時間を味わっていたいからだった。

そうしているうちに、いつの間にかそんな時間が好きになっていた。
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