輝く季節へ
誰もいないリビングに
しゃがみ続けていて疲れてきた私が、
そろそろ電話を終了しようか
と切り出した時、石井さんは言った。


 「おやすみのキス・・・
         してくれない?」


 私はなぜかあまり驚かなかった。
いや正確には驚いてはいたが、
その言葉があまりにも自然に
耳に入ってきたのだ。

自然すぎるほどに
その台詞を受け入れていた。
どのような言葉で
答えを告げればいいのか迷っていた私に、
彼が


「携帯を口元に近づけて
     チュってしてみてよ。」

と言った。


私は石井さんの言う通りに、
震える手で携帯を自分の口元に近づけた。  
 そして何の前触れもなく、
キスの擬音を彼に聞かせた。

そして気恥ずかしさに
自ら拍車をかけるように、
「・・・聞こえた?」
などど確認してしまった。
まだ手が震えている。

 
彼は意外にあっさりとした声で


「うん。それじゃあおやすみ。
あ、最後に携帯を耳に近づけてみてよ。
・・・十秒以内にね。」

と言うので、
私は急いで携帯を持って
じっと耳を澄ましてみた。

「チュッ」というキスの擬音が、
夜の静寂の中はっきりと聞こえた。
その後すぐに
「ツーッ・・・ツー」
という電子音が聞こえたので、
携帯のディスプレイに
目を移動させてみた。
通話が切れていることが確認できた。

 室温は特別高いわけでもないのに、
私は汗だくになっていた。
鏡を見なくても自分の顔が
真っ赤になっていることを確信できた。
心臓の音がうるさいくらいに
頭に響いた。


私は完全に舞い上がっていた。

これが大人の恋だと思っていた。


 それからまた一ヵ月後、
石井さんは別の提案を持ちかけてきた。

いつかくるだろうと
思っていた言葉だっただけに、
覚悟はしていたが
ふと、2人の関係の『終わり』を
予感していた。




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