六天楼の宝珠〜亘娥編〜
一 再会
 車窓からの風景は余韻を引く間もなく次々と通り過ぎて行き、にも関わらず未だに整備された街を抜けるには至らない。

「今さらですが……こうして見ると、洛とは随分と大きな街なのですね」

 翠玉は窓にかじりついたまま、背後の人物に向かって振り返りもせずに話しかけた。

 並ぶ建物の色は様々だが、概ね緑色を基調とする瓦屋根に朱色などの明るい色の外壁が、この辺りの一般的な建築様式だ。

 街だけではなく、陶家の領土内では全ての家が階級や生業によって建材に使える色が決まっている。

 そして上流の家であればあるほど、柱の斗拱(ときょう)など装飾は多く、離れとなる楼閣を階数高く多く持てるのが決まりだった。

 洛はただでさえ、富裕な商家や升庁(やくしょ)が多く、石畳の路には行き交う徒歩の人々のみならず人力の車──華俥(かしゃ)と言った──も往来し、雑多な賑わいを見せている。

「もしかして、洛の街中を見るのは初めてなのですか?」

 返って来た声に僅かながら苦笑の気配を感じ取って振り返ると、すぐ隣にいたはずの夫が人ひとり分は離れた場所でこちらを見て微笑っている。

 彼は公の場に出る際と同じ姿で、車の中に設えられた長椅子の中央近くに座っていた。

 『背広』と呼ばれているそれは、衣衫という着物を普段着とする庶民からすれば、やや不思議な作りをしている衣服だった。

 膝辺りまである上着の襟元は折れ返っていて、中央付近が二つに割れていた。中には、上着と同じ布地で出来た前合わせの中衣というものを重ね着する。さらに下に着る衣も衫とは違い襟が独立していて、それは通常立てるものらしい。

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