六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 朗世は──彼にとっては非常に珍しい事に──僅かにうろたえている気配を見せた。

 即決即答が当たり前の有能さがまるで嘘の様に、長い静寂を作り出してしまったのだ。

「……御館様と戴剋様も、それに琳夫人もご家族ではないのですか」

 精一杯考えて、ようやくそれだけしか出なかった。

「そうだな」

 やや苦味の残る、けれど紛れもない恋する者特有の笑みを碩有は浮かべる。

「あの人もそう思ってくれているなら良いんだが」

「当然でしょう。畏れながら、喧嘩するという事はそれだけ夫人がお心を開いているのだと、私などは思います」

 今まであえて触れずに来た「喧嘩」という本題を、朗世は遂に持ち出した。

 押さえている様に見えても、結局主は自分相手にこうして心情を吐露する事になるのだ。

 全く勘弁して欲しいと思う。どうせならば、もっと大人で男女の機微に長けた園氏辺りに相談すれば良いものを。

 ああだが奴はまた領土の視察に派遣されていたか──そう内心独りごちて、彼は次に来るであろう反応を待った。

「果たして開いてくれていたのだろうか。あんな哀しそうな顔は、初めて見た……」

 憂いがちに遠い目をする碩有こそ、ひどく哀しそうに見える。これほどに妻を案じている夫が、何故当の本人の心証を損ねるに至ったのか謎だ。

 予定外の機会だったが、朗世は切り札を出す事にした。

「実は御館様。その琳夫人ですが、侍女の阿坤の話では散策の途中に鉦柏楼を発見されたそうです。戻って槐苑殿にも色々お尋ねになったそうですが、教えなかったと」

 案の定、碩有の顔から憂いの色は瞬く間に取り除かれた。代わって訪れたのは、戸惑いと驚愕。

「全く好奇心旺盛な人だ──あの方は、日中は外に出る事などないだろうが」
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