六天楼の宝珠〜亘娥編〜
「いやもう、ひどい雨ね! 流石の私も行き倒れるかと思ったわ──」

「季鴬様!」

 夫の肩越しに声を掛けると、着物から髪から滝にでも打たれたのかという様な出で立ちの季鴬が、顎から雨滴を滴らせて呆然とこちらを凝視していた。

 正確には、間に立ち尽くすわが子の顔を。

「せ──」

 だが開かれた唇は、後が続かず止まったままだった。

「……これは一体、どういう事ですか」

 碩有は振り返り、季鴬ではなく翠玉に向かって問いかけた。

「え~と……何と言ったらいいのでしょうか。つまり……」

 騒ぎに駆けつけてきた紗甫に、布を持って来る様に頼む。所在なく咳払いなどしてみた。

「とりあえずお上がりください、季鴬様。そのままではお体を壊してしまうでしょうから」

 前に来た時と違って、季鴬は促されても房に足を踏み入れようとはしなかった。

「いえ──ここでいいわ。すぐに帰るから」

 手に持っていたものを掲げて翠玉に示す。

「雨に濡れていたから、気になって。貴方が飾ったものでしょう?」

 枝に括りつけてあったはずの薬玉は、色が変わってしまっていた。思わず手を伸ばすと、碩有が脇に避ける。翠玉はうろたえた。

「……まさか、こんなひどい雨の中においでになるとは」

「中に手紙が入っていたでしょ。『見せたいものがある』って。気になってしょうがなくて来ちゃった」

 あっけらかんと笑う様子が、ひどく子供じみていて、緊迫した場の雰囲気に全くそぐわない。

 お邪魔だったわね、と踵を返す季鴬の腕を掴んだ。

「いえ! そんな姿で帰ってはお風邪を召しますっ。せめて身体を拭いてから、回廊を渡ってお帰りになってください」

「でも……」

 ちらりと視線をやろうとするものの、見る事さえはばかられるといった様子だ。

「──翠玉。私は今日は奏天楼に戻る事にします」

 夫の声は硬かった。すぐさま歩き出そうとする袖を、こちらも掴んで留める。

「碩有様もお待ち下さい! これにはわけが」

「わけってどういうこと?」

 受け取った布で身体を拭きながら、険しい表情で口を挟んだのは季鴬だ。

「もしかして翠玉さん、これは貴方が仕向けた事なのかしら」
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