ありのまま、愛すること。
ホスピスで働く臨床検査技師の方に、「毎日のように患者さんが亡くなっていくことは、辛くないですか」と、尋ねました。

その方は、静かに話し始めました。

「私の主人は、10年前にこちらのホスピスで3カ月もお世話になりました。主人が亡くなってからの私の人生は、おまけの人生だと思っています。3カ月間のホスピス生活は、私にとって人生観を変えるほどのものでした。この場所が好きで離れられなくなって、臨床検査技師の資格まで取ってしまったのです。
私は亡くなった方をお世話したあと、塩を撒いたことがありません。『死』ってこちらからあちらに場所を変えることで、悲しいことじゃないと思うのです。『いってらっしゃい』という感じでしょうか」

今度は病院の院長先生が、一人の画家の死について話してくれました。

「その方は、乳癌でした。肝臓にも、脳にも転移していて、手のつけられない状態でした。彼女は静かに『告知』を受け、このホスピスにいらっしゃったのです。彼女はホスピスに入ってから、100号の大作を描き始めました。右の乳癌ですから、右手が上がらなくなっては描けなくなると、大きな白いキャンパスに、向かって右の上から描き始めました。そして、亡くなられる1週間前に、見事に絵を描き上げたのです。
その絵をこの病院のロビーに飾ったのですが、その飾ったところを見ていただくために、歩くことのできない彼女をストレッチャーに乗せ、絵の前にお連れしました。その絵を寝ながら見上げた彼女の目から、涙があふれていました。壮絶な死です。ときどきそんな死に方をする人がいるのです。『やってくれたなあ』と思うのです。
その絵は、下にいくにしたがって、色も線も、あいまいになっていました。題は『白い道』です。手前から上に向けて、白い一本道が続いています。その道を、楽しそうに歩く子どもがいます。『白い道』のいちばん先で子どもが手を振っています。そして、子どもが、鳩になって飛んでいきます。彼女の幸せな一生を表現したものだと思います」

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