ありのまま、愛すること。
次に覚えている記憶は、5歳になるかならないかのころのこと。

1964年、東京オリンピックの聖火ランナーが、横浜市中区の自宅アパート前の道路を走り過ぎていきます。市民みんなが沿道にあふれていて、日本国旗を振っていました。

ベランダに出て、祖母と、母と姉の4人で大騒ぎしていたことを、強烈に記憶していて、子どもながらに

「何かとんでもないことが起きているんだ!」

という、ワクワクした気持ちでその光景を眺めていました。

私の目が爛々と光っていたのでしょうか、母はそのとき、こう言いました。

「美樹さん、あなたもあの輪のなかに入りたい? 美樹さんならきっと、将来、あのなかに入って、そこからひとり、先頭に飛び出すような、立派な男子になると思うわ。いいえ、オリンピックの選手だけじゃないの。あなたはきっと、なにか人の先頭に立って活躍する人になる気がする。お父さんのように、会社の社長さんになるのかしら。それとも、野口英世のような偉い先生になって、多くの苦しむ人たちを救うのかしら……」

母はやや潤んだ瞳で私を見つめていました。

私に言ってくれているようで、私に言ってくれていないような、少し遠くを見るような瞳だったことを覚えています。

その場に父はいませんでしたが、それはわが家にとって、日常であったのです。


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