午睡は香を纏いて
もうすぐ、『あたし』は死んでしまう。

あたしは『奴』に侵食されてしまった。
この命は、奴との共有物に成り下がってしまった。


「……!! ……!!」


遠くで、声がする。
しかし誰の声なのか、聞き分けられないくらいに、遠い。
死に支配されてゆく体は五感を次々と失っていった。
最後に残された聴力も今、
その役目を終えようとしているのだろう。


「……! ……!!」


きっと、声の主はあいつだろう。
早く殺してと言ったのに。
このままじゃ何もかもが無駄になってしまう。
こんな機会はもう来ないかもしれないんだから、躊躇わないで早くしてよ。
最後になって、言うことを聞いてくれないなんて酷いじゃない。


「早く、殺して」


あたしはちゃんと喋れているだろうか。
自分が発しているはずの音が聞こえない。


「殺しなさい」


言葉は彼らに伝わっているのだろうか。
あたしはあなたたちを死なせたくない。あなたたちが死んでしまえば、この世界は終わってしまう。
だからあたしの命が尽きる前に早く殺して。


「早く」


どうか思いが声に変わっていますように。強ばる口に力を込める。


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