双子月

10…嵐100%

木曜の夜。


木曜の林クリニックは智也が診察担当日だ。

20時にクリニックを閉めて、少し残務処理をしてから智也は駐車場に向かった。


もう駐車場には自分の車しか残っていない。

ポケットから鍵を取り出しながら自分の車に近付くと、人が立っている事に気付いた。


「こんばんは、林先生。」


その女性はニッコリ微笑んだ。

暗い駐車場の僅かな電灯の下でもその微笑みが分かる位、妖しく気品のある女性。


「…美穂ちゃん。」

智也は、特に驚いた風でもなく、その女性の名前を呼んだ。


「先日の学園祭ではどうも。」

と美穂が言った。


「いえ、こちらこそ。
確か美穂ちゃんはお嬢様で、門限があるはずだよね。
こんな時間に大丈夫なの?」


「今日は両親が2人共出張だから、お手伝いの池田さんに頼んで雫の家の近くまで送ってもらったの。
雫の家からここはそう遠くないから。
最初からこんな所に送ってもらったら、池田さんが心配するでしょ。」


美穂がそう言うと、智也は、


「”こんな所”とは心外だなぁ。
これでも、君の大切な雫を守ってあげる為の場所なんだよ?」

と笑って返す。


「とりあえず、もうこんな時間だ。
車に乗って。
フレンチでも食べながらゆっくり話そうか?」

と助手席のドアを開け、美穂の手を取り誘導する。



「フレンチ…ね。
初めて貴方と雫を見た時の事を想い出すわ。」

「あぁ、そうだったね。
君が披露宴から抜け出していた時だろう?
あの後、雫が嬉しそうに話していたからね。
『見つけた』って。」

と、智也が意味あり気に言った。


「何それ…
『見つけた』って…?」

美穂は真剣な表情になって智也に尋ねた。


「この間のお化け屋敷の中だけじゃ、僕らは十分に語り合えていないみたいだね。
まぁ、あの時は他の皆の手前、初対面同士・何も知らない同士を装わなければならなかったから。
今日はじっくり腰を据えて話せるよ。」

とエンジンをかけながら、智也はイタズラっぽく微笑んだ。


そして向かった先は、例の初対面の場所、あの披露宴が行われたホテルのレストランだった。


雫との始まりの場所。


美穂は少し感慨深げに中に入って行った。


智也を初めて見たのもここ。

2回目は学園祭。

そして今日が3回目だった。


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