双子月
12時、光弘は朋香の左手首の包帯を見るなり、心の中で呟く。

(はぁ…またかぁ…)



正直、自分の彼女が手首を斬るなんて、こっちの気分まで凹んでしまう。


手首を斬るほど不安定な時は、自分を頼って欲しい。

そしたら朋香の白い左手に、こんなに無数の傷痕なんて付けさせないのに。


だけど光弘は止めはしない。

精神病関係の本を読んだりして、少しは病気の事を理解しようと努力しているのだ。


リストカットは一種の安心感を得る為にやる事であって、本気で死のうとしてやっている訳ではないのだと。

血を見たら落ち着くのだと。


もちろん、皆が皆、そういう理由で斬るのではないだろう。

朋香にだって、直接理由を聞いた訳ではない。

聞きたくても躊躇ってしまう。

だから、何を想い、何に苦しみ、そのような行動に出るのか、分かりたくても分かってあげられない。


自分の無力さに苛立ちを覚えてしまう時すらある。


だけど、光弘は表に出さないように気を付けている。

朋香と付き合う時に覚悟した事だ。


本当は朋香が斬る事で気持ちが落ち着くのであれば、この身を代わりに斬り刻んでくれて構わない。

愛しさ故の痛みになら、いくらでも耐えられる。

だけど、1番辛くて痛い想いをしているのは、他ならぬ朋香なのだ。

代わりになど、なれやしない。


分かっている
分かっている


だからせめて、自分の前では素の朋香でいられるよう、光弘は愛情の限りを注ぐのだ。


「…ごめんね?」

と言う朋香の頭を光弘は、壊れやすいモノを扱うかのように優しく撫でた。

決して、腫れ物を扱うかのような優しさではない。


腫れ物は邪魔だけれども、壊れやすいモノは、そのほとんどが美しくて脆くて儚くて、大切なモノなのだ。




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