黒き藥師と久遠の花【完】
「ふもとの町まで行けば、人に紛れて逃げられるわ。それまでの辛抱よ」

 いずみがみなもの手を強く握る。温かい手。
 なのに、姉の手は震えていた。

(姉さん……)

 じっとみなもは姉を見上げる。
 怖いのに、一人で逃げたほうが早いのに、こちらの手を引っ張って一緒に逃げてくれる。

 それが嬉しくもあり、足手まといになっている自分を許せなくも思う。

(私が姉さんを……『久遠の花』を守らないと! 命をかけて姉さんを逃がすんだ)

 奥歯を噛みしめ、みなもは覚悟を決める。そしていずみから手を離した。

「みなも、どうしたの? 早く逃げないと、あいつらに追いつかれるわ」

 再び手をつかもうとした姉の手を避け、みなもは腰に差していた短剣を抜く。

「姉さん一人で逃げて。私が囮になるから」

「貴女がそんなことをしなくても――」

「だって私は『守り葉』だから。『久遠の花』を守るのは当然だよ」

 みなもはにっかり笑った。

「父さんが言ってた。『守り葉』は命をかけて『久遠の花』を守らなくちゃいけないって。それに……大好きないずみ姉さんが、苦しんでいるのを見るのは嫌だ」

 言いながら、みなもは己を奮い立たせる。

 いくら『守り葉』とはいえ、自分は非力な子供。きっと兵士たちに見つかれば、力及ばず殺されてしまうだろう。

 死ぬのは怖い。

 でも姉を苦しませるより、自分が苦しい思いをしたほうがマシだった。

 みなもは震える唇を噛みしめ、いずみを見上げる。
 すると姉は悲しそうに目を細め、華奢な妹の肩に手を置いた。

「ごめんなさい。小さな貴女に、そんなことを言わせるなんて。でも、みなもは逃げて。私が囮になるわ」

「ダメよ! 捕まったら、どんなひどい目に合うか分からないもの」

「私は『久遠の花』……貴女を生かす道を選びたいわ」
< 5 / 380 >

この作品をシェア

pagetop