夏の空を仰ぐ花
秋の夜の冷たい風を切り開きながら。


流れる景色の中、目に飛び込んで来るのは道ばたに咲く満開のコスモスだった。


ここにも、そこにも、道路を挟んだ向こうの歩道の片隅にも。


秋の桜が咲いていた。


ビュウビュウ、耳元で風がうなる。


「なあ、翠。こっちの方向でいいのか?」


自転車を走らせながら、補欠が聞いてくる。


あたしは補欠にしがみつきながら、わざと聞こえないふりをした。


どんなに、どんなにか、こんな日が来ることを夢見たことか。


補欠の彼女になりたくて、今日まで必死だった。


「翠の家ってどこ?」


補欠が気遣ってゆっくりペダルをこいでいることが分かる。


話し方も、仕草も、自転車の運転も。


補欠は優しい。


「いつも歩いて帰ってるだろ。学校から近いのか?」


補欠を誰にも渡したくなくて、毎日必死だった。


誰かに先にとられてしまうんじゃないかって、怖かった。


毎日、必死に話し掛けて、必死に見つめ続けて。


補欠に振り向いて欲しくて。


あたしは必要以外のことは話さず、ひたすら補欠の背中にはりついて。


腰に腕を絡めて、身を委ね続けた。


補欠。


あたしね、決めたよ。


これは、16歳になった吉田翠の、女の誓いだ。


もし、世界中が補欠を敵に回しても、あたしは補欠の味方だよ。


だから。


いつも、そばにいて。


補欠。


補欠の背中に身を委ね、流れる景色の中、あたしはコスモスを見つめていた。


あたし、補欠の一番の味方になる。


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