夏の空を仰ぐ花
「お前、寒くないのか! あたしゃ寒くて寒くて」


「うん。まだイケる」


補欠は学ランにマフラーだけの、なんとも無防備な恰好だ。


「補欠は若いな! カンシンカンシン!」


「て、翠も若者だろうが」


「難しいこと言うなよー」


自転車のカゴに鞄を押し込み、荷台に飛び乗って補欠に抱き付いた。


「あったかい!」


この瞬間が、あたしはたまらなく大好きだ。


「だから、苦しいんだって」


呆れたように、補欠が笑った。


「我慢しろよ!……あれ?」


しがみつきながらキョロキョロすると、あたしの心を読んだかのように、補欠が言った。


「健吾か?」


「うん。どうしたんだ?」


毎朝、一緒に来るはずの健吾の姿が、今日はない。


「さっき健吾んちに寄ってきた。寝坊だって。先に行けってさ」


「バカに寝坊がついたら、もう終わりだな」


「珍しいだろ。健吾が寝坊なんてな」


今頃、家でドタバタしてるぜ、きっと。


なんて、補欠はあっけらかんと言って、何食わぬ様子でペダルをぐんと踏み込んだ。


「ちょっと待て!」


あたしが大きな声を出すと、補欠が急ブレーキをかけた。



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