夏の空を仰ぐ花
「うん。だから」


涙が邪魔をして、補欠と健吾の顔が霞む。


だけど、なんてやつらかと、胸がいっぱいになった。


見た目は泥んこで間抜けなのに。


あたしの彼氏も、その親友も、なんてイケてる男どもか。


「高校最後の夏くらい、一緒に駆け抜けようぜ。なあ、翠。こんなとこで立ち止まってどうすんだよ」


健吾が言い、補欠が続けた。


「かけてみないか、この夏に。高校最後の夏に。おれたちの、未来」


そして、同時に屈託のない顔で笑ったふたりは実に爽やかで清らかで、病室には全く似合わないほど眩しかった。


限りなく眩しいったらなくて、悔しくてたまらなかった。


「うっせえい! 言われんでも、最初からそのつもりじゃ!」


「おお! さあーっすが! 跳ねっ返り女の代表!」


健吾があたしと手を繋ぎ、


「おし、今言った事、忘れんなよ」


補欠もあたしの手をとる。


あたしたちは3人手をとり合い、小さな輪になって、笑った。


補欠と健吾の肩越しに、涙を堪えて笑っている母と洋子と貴司が肩を並べていた。


窓から見える雨あがりの空に、薄く虹色のアーチがかかっていた。


人間とはなんて貪欲な生き物なんだろう。


幸せなくせに、足りないと感じては不満を抱く。


予想外の幸せが訪れると、今度は欲が出て、もっともっと大きな幸せを手に入れたくなる。


二兎追うものは一兎も得られないことを知っていても、追いかける。


血眼になって。


生きたいと願う。


昨日まで死にたいと思っていたはずなのに、いざとなると、生きたくてたまらなくなる。


生きているのに、もっと生きたいと後悔する。


あれが欲しい、あの人の心が欲しい。


あれもこれも、それも、そっちも。


手に入れると、今度は違うものに目がくらむ。



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