夏の空を仰ぐ花
欲しくて、欲しくて、欲望に任せて執着して、むさぼる。


夏井響也の彼女になりたい。


それが叶ったら今度は、彼の一番になりたくなった。


彼の全部が欲しくなった。


過去も今も未来も、全部。


「夏井翠」になりたい。


どこまで行けば、人の欲に終わりが訪れるんだろう。


人間の欲望という貨物を乗せた列車に、終着駅はあるんだろうか。


生きている限り、終わりなんてないんじゃないだろうか。


「補欠……健吾……」


あたしは、ふたりの手を強く握り返した。


可笑しくて、笑えた。


なぜか、ふたりとも泥んこの手をしていたから。


ここに、あたしに会いに来るまでのふたりの道のりに、何があったのかは分からない。


だけど、何かがあったのは確実なんだと思う。


ふたりの泥んこの手がやけに温かくて、だから、真相は探らないでおこうと思う。


「あたしに、最強の夏を、ちょうだい」


ヘヘ、と笑うと、ふたりは目をキラキラ輝かせて笑った。


「よっしゃ! 翠の頼みならしょうがねえや! おれと響也にまかしとけ!」


ガハハ、健吾が豪快に笑った。


「南高の野球部なめんなよ!」


ガツガツした口調をしたくせに、クスクス、補欠は優しい笑い方をした。


欲しい、欲しい、欲しい。


欲しくて、たまらない。


あたしたちの未来は先が見えない、闇の中。


けれど、その先にきっとあるひと筋の光。


そこを、ひたむきに目指して、あたしたちは手を繋ぎ歩き出した。


歩幅の違う足で、だけど、決してはぐれてしまうことのないように、しっかり手を繋いで。


それは、切ない夏を目前にした、春の空に七色アーチがきれいに架かった日だった。


あたし、決めたんだ。


この夏に。


ふたりがくれる夏に。


補欠の一球に、あたしの人生をかける、って。
















< 480 / 653 >

この作品をシェア

pagetop