夏の空を仰ぐ花
青空の真下で、補欠がもみくちゃにされているのを見て、あたしは笑った。


「あたし、恋をしたよ」


「ええー?」


何言ってんだ、とクスクス笑う母の声が耳にすうーっと入って来た。


もみくちゃにされる補欠に、さんさんと光が降り注いでいた。


なんて眩しいひとに、恋をしてしまったのだろう。


なんて優しく笑うひとに、恋をしたんだろう。


マウンドからベンチに向かって、南高野球部がマウンドから駆け下りて行く。


「お母さん」


遠くで、ひぐらしが鳴いている。


はたしてそれが現なのか幻なのか、判然としない。


ただ、とにかく眩しかった。


「どうした? 翠?」


「うん、あたしね……」


みんなはもうベンチに入って行ったのに、背中に【1】を背負った彼だけマウンドに残り、空を見上げていた。


眩しそうに、青空の彼方を、いつまでも見上げていた。


その姿に、背中に、彼が放つ優しい光にくぎづけになった。


涙で【1】が滲んで見える。


太陽の欠片が涙に溶けて、まるで砂金のように彼に降る。


――不安にさせる分だけ、泣かせた倍、幸せにする


――時間がかかっても。それは約束する


青空よりも澄んでいて。


――翠は、おれの、一番なんだ


海風よりも強くって。


――大切なんだ。翠も野球も


夏の雨みたいに泣きむしで。


――翠が居ないと、生きてけねえや


粉雪みたいに優しくて。


――翠を甲子園に連れてくんだ


――そのために、おれは野球にのめり込んできた
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