夏の空を仰ぐ花
二年とちょっと一緒に過ごしてきたくせに、あたしはまだまだ補欠の事を知っていなかった。


だから、思う。


例えば、補欠が野球をしていなかったとしたら。


ごく普通の男子だったとしたら。


あたしたちが二人で過ごす時間はどれくらいあったのだろうか。


少しは増えていたんだろうか。


あたしは、今より幸せだったと言えたんだろうか。


少しでも、あたしたちの未来は違っていたのだろうか。












「ごめん!」


やわらかく笑いかけて走り寄るそのまなざしに、くらくらした。


夏休みが明けて、あたしは退院した。


「イガが帰らせてくれなくてさあ」


「なあにいー! こんないい女待たせて何様か!」


9月になっても残暑が厳しくて、木陰に居ても頭が蒸れる。


「はあ? だから、ごめんて」


補欠は肩をすくめながら駐輪場に駆け込み、カチャカチャと施錠を外し始めた。


甲子園から帰って来てもう一か月が経とうとしていた。


施錠を外している補欠の背中に乗っかるように、後ろから抱きついた。


「補欠ううう」


「うっ……重っ……てか、あっちー」


どけよ、そう言った補欠にあたしはもっと強く抱きついた。


「なあなあ、補欠」


「んー?」


野球部を引退して、一か月。


数ミリ伸びた、髪の毛。


補欠の背中にはもう、あのお馴染みのスポーツバッグの姿はない。


「あたしみたいないい女ひとりにしたら、大変な事になるぞ」


この背中は今、あたしが独占している。


一か月前までは黒いエナメル質のスポーツバッグが、この背中を占領していたけど。


今は、あたしが占領中だ。
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