夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story
「だからさ、翠。一緒に、甲子園に行こうな」


うん。


あたし、いつも見てるから。


見てるよ、補欠のこと。


補欠の笑顔ですら、次第にかすんでいく。


そして、ふつりと消えてしまった。


うっすらと目を開けると、体がぐらぐら揺れていた。


今のは……夢だったのか。


それとも、幻覚か。


夢でも幻覚でも、何でもいい。


もう話せないと思っていたのに、今、確かにあたしは補欠と話した。


例え、夢の中だとしても。


「心拍数低下! もう、限界ですよ! 脈が触れなくなります」


「心臓マッサージの準備」


やかましい。


どうやら、ここは救急車の中らしい。


ふと、視線を投げやる。


曇った窓ガラスのカーテンの隙間から、淡い光が差し込んできた。


ああ。


眩しいね、まったく。


ピリリ……機械的な音がけたたましく鳴り響く車内。


「血圧、65……」


眩しかったよ、ほんとにさ。


あたしの人生は、ほんっとうに眩しくてさ。


「翠ーっ!」


母の悲鳴を最後に、あたしは目を閉じた。


眩しくてたまらなかったよ。


何もかも、全部が眩しくて、幸せだった。



< 649 / 653 >

この作品をシェア

pagetop