クローゼットチャイルド
少量の水をやかんに注いで沸かせば、すぐに沸騰して湯気が立つ。
白い蒸気。
白いカップに注ぐ紅茶にレモンを浮かべるとより赤く、白いそれに映えた。
癖の少ないダージリン。
狭い部屋では紅茶の香りとレモンの香りが広がるのに時間はかからない。
「熱いから気を付けて。」
リクエスト通りのものを、彼の元へ。カップの取っ手は右。
そして、ついでに同じものを自分の元にも。

「続き…どうする?聞いたほうがいい?」
不意を突かれた質問。
先程中断してしまった話のことなのは分かっているが、
どういうわけか頭が真っ白になってしまった。
「向き合う気だったんだろ?」
「何と?」
「だから、呼んだんだろ?答えはアンタが一番わかっているはずじゃないのか?」
いつの間にか下がった部屋の温度。
日の落ちた部屋は薄暗くて、気味が悪い。
でも、そこに不釣り合いな温かな飲み物。


自分はいつだって左手でカップを手に取る。
彼は右手でカップを手に取る。
些細な相違点。

自分で呼んだはずなのに、今ここで気が付く。
無意識の認識。知らなかったはずなのに、勝手に動いていた理由。

いつも痛むのは左目で…
夢で見る真っ赤な目は…

渦を巻く思考。
遡らないといけないのは記憶。
何故、ここに彼がいるのか。
今、此処は何処なのか。
「自分で断ち切ったほうが楽だと思ってるんだろ?」
重苦しいくらいに頭の中で聞こえた。
「何を?」
その言葉の意味を理解している。
だけれど、それを肯定する勇気も否定する自信もない。
だから、質問で返すことで逃げる汚い方法。
空気は重くて冷たくて、薄暗いような温度のない空気。
酸素が薄くなる。

「そうやって、逃げてる。」
「……」
彼の姿はすでにぼやけて霞んで見えなくて。
息ができなくなる。
暗い、暗い水の中にいるような…
温度のないそれが両の手を捕えて、引きずり込もうとする。
何も見えなくなる。暗い、暗い水の底。
「押し付けてるんだよ、記憶も思い出も。不安も感情も全部。」
水面に映るのは…
「だから全部壊しちゃえばいいのに。」




***
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