ホワイト・メモリー
コンペは敵陣の会社で行われた。敵陣は窓側の席に構え、スーツの色までそろえて、いかにも強そうであった。なにやら映画マトリックスに出てくるエージェント・スミスを見ているようでおかしくなってくる。
緊張する場面においても、なにかリラックスできるものを見つけて、自分自身を落ち着かせる。このようなテクニックは、実は誰でも小さい頃に教えられている。小学生の頃、お遊戯会の前日に母親から「客席にいる人間はジャガイモだと思いなさい」と教えられた。今回はジャガイモではなくエージェント・スミスであるが、要はリラックスできるものであれば何でも良いのである。小さい頃に教えられた、一見ばかばかしいテクニックではあるが、意外と社会人になってから役立つ場面が多いことを功は承知していた。
クライアントの三ツ星工業からはCFOの塚越とCIOの横峰、あとお飾りの人間が数人出席した。
こちら側は、菊池とその他のメンバーに加え、助っ人の功と営業担当、それから遅れてコンサル事業部の統括マネージャである田口が顔を出した。スーツの色はばらばらだ。菊池は功の隣でかちこちんに緊張している。お遊戯会でリラックスするテクニックをきちんと学ばないとこうなるのである。
功は塚越と横峰に軽く会釈をし席についた。塚越は、そんな功の他人行儀な行動に、にんまりと笑みを浮かべ、開口一番、こう言った。

「そんでは、大体話は通ってると思うんで、早速本題に入らせていただいて宜しいかな」

出た。これが塚越流である。進行を務めるはずだった敵陣の人間は、予測しない事態に、あたふたするしかなかった。もうこうなると、せっかく時間をかけて作った配布資料もあってないようなものだ。当然、功は過去の経験があったので、こんなことに動じることはない。田口もまた塚越のやり方は心得ている様子で椅子に深く腰掛けたままだった。
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