水曜日の彼女
 「すいません、有り難うございます。」


 俺が話すより前に彼女が頭を下げた。。

 長い髪が揺れた。初めて声を聞いた気がする。澄んだ声。


 「いえ、どうって事ないです。」

 俺は息を切らしながら答え、傘を手渡した。


 「雨、降るんですか?」

 気が付いたら彼女に尋ねていた。

 ポーカーフェイスの彼女がくしゃっと笑って、

 「夕方から降るみたいですよ。」

 と、答えた。

 そして、俺に一礼すると歩いて去って行った。



 どうしてだ?


 自分の中で気持ちの整理がついていたのにー。

 さっきまで全く動揺する事無かったのにー。


 あの声

 あの仕草

 あの笑顔に

 俺の心がこんなにも揺さぶられている!


 俺はしばらくの間この場から動く事が出来なかった。
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