エルタニン伝奇
終章
その後、ラス・アルハゲ陛下は近衛隊に守られて、エルタニンに戻った。
国に戻ってから、王の姿を見た者はいない。
いつも部屋には、専属巫女の姿があり、王の言葉は巫女を通して皆に伝えられる。

時折王宮仕えの侍女が、遠くの王の部屋のバルコニーに、揺り椅子に座る王の姿を小さく垣間見ることがあるが、声を聞くことは、全くなくなった。

イヴァン遠征に同行した近衛隊の話によると、その遠征で傷を負い、人前に出られる姿ではなくなったということだ。
王の以前の姿を知る者は、返って今の王に近づくことは避けた。
大事な会議や式典にも、名代として専属巫女もしくは近衛隊長が出席する。

それでもエルタニンの民が不安に思わなかったのは、サファイアの瞳のコアトルが、いつも王の部屋のバルコニーにいたからだ。
王の姿が見えなくても、コアトルがその存在の証明になる。

そうしてそれからの五年間、特に大きな乱れもなく、エルタニンは平和であった。
その後のことは、私には知ることはできない。
サダルスウドの地位にあるとはいえ、私はただの人間である。

本来なら次の王が即位するまで、ラス・アルハゲ陛下が譲位されるまで、陛下とサダルメリク様お二人を支えることが私の義務であろうが、すでにこの身は、この世を去ろうとしている。
次の王は、おそらくサダルメリク様のお子となろう。

少なくともこの五年、ラス様の閉じられた瞳は、再び開くことはなかった。
この事実は、サダルスウドである私やサダクビア様の探索に関わった近衛隊の面々しか知らぬ。
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