『ただ片想いに戻っただけなんだ』
3、落ちる
次の日私が出勤すると、彼はすぐに私のいる方へと足を進め、


『昨日はありがとう』と、ニッコリ微笑んだ。


『いえいえ、ごちそうさまでした』


私がそう返すと、彼は少しホッとした表情を浮かべ、


『良かったぁ、無視されたらどうしようかと思った』


と、くったくのない笑顔を見せた。


『何で無視するんですか?』と私が笑って言うと、


『手つながれたんが実は相当イヤで、無視したろみたいな感じやったらどうしようかなと思って』


彼はそう言って大きく頷いてみせた。


『そんなんで無視しないですよ』と、余裕ぶってみせたものの、


私の気持ちは大きく揺れていた。ドキドキしていた。


彼の顔を見ただけで嬉しくなる。鼓動が激しくなる。笑顔がこぼれる。


この気持ちが彼に伝わらないようにと、平然を装ってみた。


だけどそんな私の装いなんて全く無駄で、


『実久ちゃん顔真っ赤やで。どうしたん?可愛いな』


彼はからかうようにそう言って笑い、私の背中をポンと叩いた。


彼に叩かれた場所がやけに熱い。


彼の体温が伝わって来て、ますますドキドキした。


自分でもどんどん顔が熱く、赤くなるのが分かった。


それが恥ずかしくて顔を見せないようにと横を向くと、



『またご飯行こな』



彼が優しい口調で私に言い、私は少し彼の方に顔を向け、ゆっくりと頷いた。



好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。



......でも、ダメだ。


彼との未来はない。


彼は私のことを好きな訳じゃない。


彼には家庭があって、家族がいて、そんな毎日に少し慣れてしまって、誰かとちょっと遊びたいだけ。



深入りしてはいけない。


ただ、ご飯を一緒に食べるだけ。


ちょっと手をつなぐだけ。


ちょっと恋愛ごっこをしてみるだけ。


自分の心にしっかりそう言い聞かせて。



そしてまた......彼を好きになった。
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