秘密


「お待たせ」

制服に着替えた佐野君は玄関までやって来て、靴箱から革靴を取り出し下に置くと、佐野君の着替えから目を背けてうつ向いていた私は、前屈みになって靴を置く佐野君の頭に、まだピンクのピンがついている事に気付いた。

「佐野君、まだピンつけたままだよ?」

手を伸ばし佐野君の前髪からピンを外す。

「あ。忘れてた、はは」

佐野君はピンを受け取ると、靴箱の上に置いて、その横に置いていたお弁当を鞄にしまう。

「これは忘れない、ありがと奏」

「……ううん、簡単なものばかりだから…」

私はドアを開けようと、ドアノブに手をかけようとしたら、佐野君はその腕を掴んで、私を引き寄せ、軽く唇にキスをして、アパートの狭い玄関でギュッと私を抱き締めた。

その佐野君の思いもよらぬ行動に、戸惑う暇さえ見つからず、私はキョトンとしてしまった。

「…昨日の卵焼き、旨かった」

耳元で囁く佐野君の声に、我に返った私の心臓の鼓動が急に激しくなる。

「…きょ、今日も入ってるよ、後、ハンバーグも…」

「マジで?超楽しみ」

「…あんまり期待しないでね?形とか…悪いから…」

「形とか気にしないから」

そう言って身体を離すと、いつものように優しい笑顔を見せる佐野君。

「行こうか?」

「…うん」

アパートを出て、佐野君とバス停へと向かう。

まだ7時を少し過ぎた時間。
少し早すぎるような気もするけど、その方が同じ学校の生徒にも会わずに都合がいいかも。

昨日は一緒に下校、今日は登校。
なんか普通に付き合ってるっぽい……これが現実だったらな…

…なんて。

あり得ない想像をしてしまって、少し前を歩く佐野君に足を速めて追い付き横に並ぶ。

すると佐野君はごく自然に私の手に指を絡めてきて、

「……バス停まで、いい?」

そう言って絡めた指に少しだけ力が入る。

…いいに決まってる。

私は返事をする代わりに、一端手を開き、再び佐野君の手を握り返した。

バス停に着くまでの間。
つかの間の佐野君の彼女気分。
佐野君はいつも私が嬉しいと思う事をしてくれる。
だからついそれに甘えてしまう私。

言葉には出せないけど、心の中でそっと呟く。

佐野君が好き…


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