秘密
「例えば悲しい記憶、辛い記憶、苦痛な記憶、いっそ忘れてしまいたいって思うような事柄を無意識に脳内から排除してしまう事がある。何故だかわかる?」
包帯を巻く手は休めずに岡崎先生は私にそう聞いてきた。
「……わかりません…」
私は素直にそう答えた。
「自我を保つためだよ。自分本来の脳内が、潜在的にそれを強く、自分でも知らないうちにそれが自身に必要だって、勝手に脳内に命令してしまっているのかも知れないね」
……それが私の記憶喪失と関係してるって事?
「だけど、一概にそうとは言い切れない。頭に強い衝撃を受けての記憶障害も実際よくある事だし」
岡崎先生は私の記憶を取り戻したいって気持ちを否定してるんだろうか?
自分にそこまで辛い記憶がある筈ない。
……そう…、思う。
だけど消えてしまった3ヶ月間の記憶を、私はどうしても取り戻したい……
「人間の脳内はまだわからない事だらけだよ……、あ。話がそれたね?」
「いえ……」
「だから、もしかしたら…、奏ちゃんもそんな思いをして、記憶に蓋をしてしまったのかも……?なんて、僕ひとりの勝手な考えだけど、そう思ったりもしていたんだ…」
「そんな事……」
ありませんって、ハッキリと言えなくて、私は言葉に詰まってしまった。
「君にとって、あまりいい記憶じゃないかもしれない……、それでも、思い出したい?」
いつの間にか頭の包帯を巻き終えた岡崎先生は、そう聞いてきて。
…………私は…
「それでも……思い出したい、です」
「そっか…、うん、わかった。頭の包帯が取れたら、小谷に言うといいよ」
「ホントですか?」
「うん。ただし条件がひとつ」
「条件……?何ですか?条件って…」
「催眠療法を施す時には、必ず僕も同席させる事」
「はい。わかりました。約束します」
「小谷と二人きりなんて、奏ちゃんが危ないからね」
笑ってそう言う岡崎先生に私は。
「そうですね。私じゃ力不足で、小谷先生のボケに突っ込めませんから」
「言うねー」
そうやって岡崎先生と顔を見合わせて、ふたりで笑った。