秘密





「そろそろ……、どうかなって、思って…」


岡崎先生はあまり催眠療法に乗り気ではないような気がして、私は言葉をと切らせながら聞いてしまった。


「………、そんなに思い出したいの?」

「はい…」


私がそう返事してから岡崎先生は、そのまま何も言わずに私の頭の傷口に消毒を始めた。


何も言ってくれない岡崎先生に戸惑いつつ、私は岡崎先生が話し出してくれるのを待っていた。


「……精神医療の事は僕には詳しくはわからないけど、小谷が言っていたように、必ず思い出せるとは限らないよ?」


やっと口を開いてくれた岡崎先生に私は続けた。


「それでも、いいです…、少しでも可能性があるのなら、試してみたいです…」


岡崎先生は傷口にガーゼを当てがいながら。


「そこまでして思い出したいのって、佐野君のせい?」

「え……?」


私は心を見透かされてしまった事に驚き、言葉を詰まらせた。


「僕はね…」


岡崎先生は包帯を取り出し、私の頭にそれを巻きながら、ゆっくりと話し出す。


「君が救急車で運ばれて来たとき、佐野君は君の恋人なんだろうなって思ってた……
それ位、佐野君は今にも崩れ落ちてしまいそうな程に、君の事心配してたし」


そんなにまで私の事、心配してくれてたんだ、佐野君…


「でも君には婚約者が居た」


……え?……婚約者?


「だから僕の単なる勘違いかなって、その時は単純にそう思ってたんだけど…」

「岡崎先生、私、婚約者なんて居ませんよ?」

「でも……、奏ちゃんの彼…、そう言ってたよ?自分の婚約者だって」

「佑樹が?」


確かに佑樹は私の彼だけれども、婚約なんて……
そんな約束、した覚えがない…


「あのさ?奏ちゃん…」

「はい」

「心に強く残った記憶程忘れられないよね?」

「……はい」

「記憶喪失ってまれに、その逆の事が起こったりもするらしいんだ」

「……どう言う事ですか?」

「強く残った記憶程、忘れてしまう事がある」


岡崎先生は何が言いたいんだろうか……



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