秘密



「おじさん、遅くまですみませんでした。お邪魔しました」

「こちらこそ、悪かったね?なんのお構いも出来なくて」

「いえ。おやすみなさい」

「気を付けて帰りなよ?」

「はい。奏?また明日な…」

「……うん」


佑樹はニッコリと笑うと、うつ向く私の頭に手を置き、ドアを開けて玄関を出ていった。


「…私、お風呂に入ってくるね…」

私は顔を伏せたまま、なるべく顔を見られないように、髪の毛で顔を隠し、お父さんの横を素早く横切る。

「うん。父さんはもう寝るよ、おやすみ」

「うん。おやすみ」

一旦着替えを取りに部屋に戻り、すぐさまバスルームへと向かい、鏡で顔を見てみると、右頬が赤くなっていて、少し腫れていた。

…早く冷やさないと。
明日も腫れたままだったら困る。

手早くシャワーで入浴を済ませ、キッチンへ行き冷凍庫から氷を出し、それを袋に入れて頬にあてる。

…冷た…

部屋に戻り、袋をタオルでくるんで再び頬にあて、その場に座り込む。


……佑樹…

………怖かった。


乱れたベッドが先程までの事を思い出させて、私はそれから顔を背けた。


すると、目入ってきたのは佐野君のスタジャン。


手を伸ばしそれを掴むとギュッと抱きしめた。


途端に佐野君の香りに包まれた。


「ふぅっ…うぅっ…うっ…ううぅ〜…」

こらえきれず、嗚咽が漏れる。

「……ふえっ…うっく…うぅ…」


……佐野君…

…佐野君。


…私…人形だった…
…佑樹の人形だったんだよ…

佑樹の言いなりになってなくちゃいけないの…

浮気されても、何しても、佑樹が求めてきたら、嫌でも足を開くの…

……逆らえないの…

佑樹はそれを知ってるの、私が逆らえないの…知ってるの……


佐野君の事好きになって、私嬉しかった。

こんな想いがあるなんて、今まで知らなかった。

何でもっと早く、佑樹に合う前に佐野君に出逢えなかったんだろう。


佐野君。
佐野君…


スタジャンに顔を埋めて、佐野君の香りに包まれていると、泣いたらダメだと思っていても、後から後から涙が溢れ出してきて、私は眠れぬ夜を過ごした。



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