forget-me-not
それから少し話しをした。
もう明日には退院可能らしく、まだ果物を漁っていたリカに手を振って病室をあとにする。
別れ際に「絶対黒川くんものにするから」なんて意気込んでいた。
(…とほほ、だよ)
心配して損した。けれど彼女が元気になって心底安堵したのも本当だ。
これも全て、あの黒川夜の力なんだろうか…。
偶然の一致だと思いたいものの、医者もお手上げだった状態が完治するというあまりにも有り得ない不可能が可能になったという事実。
(…彼は一体、)
その答えが私に分かるわけもない。
リカの命の恩人なのかどうかの確証もない。
だからお礼を言ったほうがいいのかさえ、わからない。
『…寒いなぁ』
1人暮らしのモダンなマンションを目指して人の行き交う街の中を襟元を両手で縮めて歩いた。
交差点で立ち止まる。
秋でも肌寒いこの季節だけれど、黒川夜のように全身真っ黒な人は見かけなかった。
(…あ)
と、その時。向かい側に同じく信号待ちをしている1人の男が目に入る。
その男は俯いていて、顔は見えない。
(…似てる)
突如、視界に入り込んだその姿に足は竦むように動かなくなり、ドク、ドク、と胸と頭を鼓動が揺らす。
息をするのが苦しくなって、世界が遠ざかるような感覚をおぼえた。