forget-me-not
(…、え?)
夜くんが僅かに腰をあげた拍子、ガタリと彼の座っていた椅子が後ろに引ける。
――突如近づいてきた夜くんの瞳。
それはどことなく切なげで。
(…あ、)
長い睫毛がその頬に落とす影がハッキリと見てとれる程に、近い、近い――近づいてくる。
(…ヒ、)
吸い込まれそうな蒼色が、一瞬で視界いっぱいに広がって、ガラス玉のようなそれに映る自分の姿が見えた。
(…なんて、哀しい色なんだろう)
『…ん』
呆然とした頭で目を見開いたままにクチュリ、そんな音と痛みを感じる。
(…温かくて、痛い)
「…フウなら、僕を」
気づけば凄艶な囁きが耳元を掠める。その吐息が左耳を麻痺させた。
「――フウなら僕を、殺せるかも」
(……………)
(……………)
何が起こったのか頭がついていかず、ひたすら左耳を遠ざかる体温を感じていた。
気付けば目の前には平然と足を組んで前を向く夜くんが居た。
クチュリ、確かそんな音がした。
そして痛かっ…噛まれ、た?
(…だけど、甘かっ、た?)
「ふぅん、キスってこんな感じなんだ」
紅い舌で唇を一舐めすると、目の前の薄情者は冷静に感想を述べた。
本当に本当に、まるで書評でも考えるかのように浮ついた様子なく飄々と。
―――黒川 夜は、その日私にキスをした