ラヴァーズ・インザ・ダストボックス
また彼女の夢を見た。

見たのだけども……。


彼女は何て言っていた? 何か言っていただろ?


とても大切な事を言っていた気がして、僕はそれを思い出そうと必死に夢に追い縋るのだけれど、彼女の言葉も、表情も、一瞬にして彼方へと消え去ってしまった。

煙草の煙が空へ消えるよりも速かったかもしれない。

掴めやしないのは、どちらも同じだけれど。 


目を開けると無機質な白い天井が見えるだけ。

煙草とウイスキーの臭いが鼻を衝いた。
 

夢を見たような気がする、すでにそのくらいの感覚しか残っていない。

記憶が曖昧になっていく。

彼女の声が、顔が、温もりが。

そう、曖昧で、あやふや。

何かが僕の掌から零れ落ちた、そんな気がした。


あぁ嫌な感じ。

心と同じ。

そもそも、彼女って誰だっけ?


あやふやな感じ。

体と同じ。

それより、僕は誰なんだっけ?


あやふやだな。

全てが。 

全ては。


鳴り響いているよ。

何が?


いつまでも鳴り響いているんだ。

何がだろう?


僕は繕ってみせる。

曖昧な笑顔で。


自分が生きているのかどうかさえ、曖昧になっていた。








『ファジィ・ソウル』

        終
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