桜の花びら舞う頃に
不意に聞こえた拓海の声に、悠希は現実の世界へと引き戻される。




必死に揺すっていた肩は由梨ではなく━━━




それは、隣りで寝ていた拓海の肩だった。




「おはよぉぉぉぉぉ!」




揺すり続ける悠希にあわせて、拓海の声は震える。



「きゃはははは! パパぁ、もぉ、やめてぇぇぇぇ!」


「あ……ああっ、ごめん! ごめん!」



拓海の言葉で、ずっと揺すり続けていたことに気付いた悠希。

あわてて、拓海の肩から手を離した。


解放された拓海は



「ふ~」



と、一息つくと、ベッドの下に視線を向けた。



「パパ……目覚まし、止めないの?」




じりりりりり……




目覚まし時計は、悠希が飛び起きた時に、布団と一緒に床に落ちたのだろう。

落ちた布団の下から、少しくぐもったベルの音が聞こえている。



「コイツか……」



悠希は苦笑いを浮かべながら、布団をめくり上げた。

その途端、けたたましいベルの音。

そして、年期の入った目覚まし時計が姿を現した。


「ったく……人の夢に入り込んで……」


悠希は、つぶやきながらそれを拾い上げ、そのスイッチを止める。

そして、大切そうにベッドの枕元に置いた。

目覚まし時計は、今度は静かに時を刻んでいる。




(コイツとは、もう長い付き合いだな……)






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