桜の花びら舞う頃に
どれくらい歩き続けただろう?

いい加減、歩くのに飽き飽きしてきた頃……


「……!?」


悠希の目に人影が映った。

その人影は、草原の中心にぽつんと生えている巨大な木にもたれかかっている。

悠希は、その人影に向かって走り出した。



大木に到着した悠希。

息も切れ切れに、その人影と向かい合う。


手作りの白いワンピース、誕生日に贈った涙滴形のシルバーのネックレス、少しはにかんだ笑顔。

それは忘れもしない……最愛の妻、由梨だ。



(由梨……やっと会えた……)



悠希は、由梨に想いを伝えようと口を開く。



「━━━っ!」



しかし、悠希の口から音は出なかった。



「━━━っ!!」



もう一度、同じように声を出そうとするが、やはり悠希の口からは息が漏れるだけ。

それを見た由梨は、悲しげな表情を浮かべる。


由梨も何か伝えようと口を開くが……

すぐにそれをやめ、悲しげに微笑むと、静かに背を向け歩き出した。



(待ってくれ由梨!)



そう叫びたいが、やはり声は出ない。

その間にも、由梨は悠希から遠ざかっていく。



悠希は走り出した。

去ってゆく由梨を追いかける。

しかし、何故か足に力が入らず、由梨との距離はなかなか縮まらない。

由梨は時々、悲しげな表情でこちらを振り返る。

しかし、その足を止めることはしない。



それでも懸命に追いかける悠希。

そのかいあって、2人の距離は徐々に縮まってきた。



(もう少し、もう少しで手が届く!)



悠希は懸命に手を伸ばす。

そして、その手は由梨の手首をがっしりと掴む。

悠希は力を込めて自分の方へと引き寄せた。


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