背中
影法師
縁側に出て小さな庭を眺める


色とりどりの花で埋め尽くされたその小さな庭には、愛情を込めて水を蒔く母の姿があった


その背中は気付けば小さく見えてならなかった


そうして母の背中を見つめていると時の流れに残された面影がずっと遠くにあるように感じた


俺はそっと目を閉じて、幼い頃の記憶を辿る



あの頃の母は父と離婚したばかりで、幼い俺を一人で育てていた


もちろん、生活は苦しかった

だから少しでもお金が貯まるようにと母はお水の仕事を始めた


けれど、幼い俺には毎晩のように俺を一人残して出かけていく母の意図が分からずにいた


だから俺は毎晩出掛ける母にしがみついては



「行かないで」



と繰り返し



「僕より大事なものがあるの?」



と確かめていた。


だけど、母は自分の決めた道を曲げる事のない人だったから…


だから、強く生きると決めた母の背中は一度も振り返ってはくれなかった

そして、固く閉ざされたドアを見ながら俺は…


孤独を知ったんだ




中2になった頃、俺は髪を赤く染めた


学校に行けば当たり前に先生に怒られて、仕舞いには母に赤い髪を掴まれて



「出て行け」



と怒鳴られた


俺は小さな落胆を感じ、それと同時に逆ギレして母にこんな言葉をぶつけた



「俺だって好きでこの家に生まれてきたわけじゃない」



と…


あの時の母の傷付いた表情は数年経った今でも忘れられないでいる


あの日の夜、俺は家を飛び出してブラブラと歩いた


やりたい事も何もない


明日さえもあの頃の俺には見えなくて、全てが空虚に思えて仕方なかった


その頃から俺の醜態はエスカレートしていった


夢なんか抱けないでいることを自分でさえも誰かのせいにして…



それから中2の三学期頃、愛が解らずに俺は心を閉ざしてしまった


信じるのが怖くて、ごまかしてばかりいたんだ…

受験生になって、ギリギリで高校に受かった後


急に言葉にならない思いが溢れて


俺は歌を歌った



それから数年…


出会いや別れを重ね、気付けば大人になっていた

そして俺は今、人生の大きな分岐点に立っていることに気付いた



幼い頃には分からずいた思い


今なら分かる気がするんだ…


母がどれ程重い荷物を背負って歩いてきたのか

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