ONLOOKER Ⅱ


なにに躓いたのかは暗くてよく見えなかったが、直姫の脳裏を、あの手紙のことが過っていた。

あれが机に入っていたのは確か、クラス全員に台本が配られたすぐあとのことだ。
シナリオにキスシーンがあることは、このクラスの人間しか知らなかったはずである。

つまりあの手紙を書いた人物は、この一年B組の中にいるということなのだ。

ここまでは、大体予測はついていた。
しかし盲点が一つ。

同じクラス、ということは、物理的な距離も近い。
脅迫を無視した直姫に危害を加える機会など、いくらでもあるのだ。

クラス全体に声明を出すでもなく、直姫一人だけに来た脅迫状。
恐らくクラスの調和は乱したくないと考えられる。
直姫に役は降りてほしいが、劇をぶち壊しにするのは嫌だ、そんなふうに考えていると、直姫は思っていた。

だからこそ、劇の失敗を省みず、本番中に危害を加えてくることはないだろうと、高をくくっていたのだが。


(油断した……)


しかし、だからといって、今になって直姫が役を降りることなど、できるわけがない。
劇の失敗云々よりも、個人的に、そんなことで自分が負けを認めるのが気に食わないのだ。

妙なところで負けず嫌いな直姫は、この際なにがなんでもこの劇をやり通すことを、半ば反抗心によって決意していた。


「大丈夫ですの?」
「痛くありませんか?」


松浦嬢や他の生徒が、怪我をした直姫を心配して声を掛けてくれる。

本当は、この中に自分に悪意を向けている人物がいるなんて、いまいちピンとこない。
だが、それ意外には考えようがないのだ。

きっと真琴の熱狂的ファンの仕業なのだろう。


「平気だよ、怪我は軽いし。劇もあと少しだから、がんばろ」


そう言って直姫が薄く微笑むと、不安な顔をしていたクラスメイトたちが、少なからず安堵の表情を浮かべる。
直姫の足にはサポーターが巻かれ、そのまま劇は続行されたのだった。

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