ONLOOKER Ⅱ


直姫の隠れサド発言に突っ込む紅、を気にせず、真琴は言う。


「『りよちゃん』って呼んでほしいって言えばいいじゃないですか。周りに人がいたら断れないんじゃ……」
「言いましたわ。でも……、」


彼の言葉を遮るように、里吉は言う。
だが憮然とした表情で口を閉ざしてしまったので、准乃介が手を伸ばした。

長い指が、隣にいた紅の顎を掬う。
指先が、擽るようにするりと動いた。
きゅっと肩を竦めた彼女の耳元に、顔を寄せる。

そして、言った。


「なんで? そっちの方がかわいい」


囁くような声色と、目を伏せた微笑み。
ゆるりと視線を合わせて、すぐに逸らす。

「……だってさ」と、笑いながら准乃介が言って、周囲で黄色い悲鳴が上がる中、すっと離れる――前に、紅が動いていた。


「いたっ、いたいいたいいたいいたい」
「こっ、紅先輩!? 落ち着いてください!」


長い腕を背中に捻り上げられた准乃介が、涙目で「ギブ! ごめんって!」と叫んでいる。
だがそう言いながらも爆笑しているので、紅はますます細腕に力を込めるのだ。

真琴が慌てて止めに入るが、准乃介がなんとなく楽しそうなので、直姫はただ黙ってそれを見ていた。

やっと准乃介を解放した紅が、真っ赤な顔でぎろりと睨み上げて、怒鳴りつける。


「私はもう行くからな! お前が変なあだ名をつけるから悪いんだっ」
「や、つけたの恋宵だし」


肩を擦りながら弛んだ口許で言うが、紅は無視してさっさと教室を出て行ってしまった。
直姫は、呆れた声で言う。


「いちゃつきに来たんですか?」
「んなワケないでしょー。サトちゃんが」
「その名前で呼ばないでくださいます!?」
「失礼しました。……りよが」


えっ、呼び捨てなんですね、と真琴が呟くが、准乃介は気にせず続ける。
また里吉の「気安く呼ぶのもやめなさい!」という怒声が飛ぶかと思ったが、変なあだ名で呼ばれるよりはましなようで、膨れっ面ながらも口を挟むことはなかった。


「金輪際その名前で呼ぶなって」
「それだけのために、准乃介先輩まで?」
「いやあ、ふざけて呼んだら怒る怒る」


本名があまり好きではないのか、わざわざ偽名まで名乗っているのだ。
あえて本名をもじったあだ名で呼んでは、怒るのも当然だろう。

里吉に怒られている理由といい、肩を痛めたことといい、だいたいのことが准乃介の自業自得に他ならないような気がする。


「とにかく! 夏生様があんなふうに言ってくださったんですから、今後一切、彼以外がそう呼ぶことを禁じますわ!」


彼だけの特別な呼び方、なんて少女趣味なことをしたいのか、本当は嫌だけど彼にああ言われては断れないからなのか、定かではない。

どちらにせよ、直姫にはあまり興味のないことだった。

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