恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
にっこり笑うお父さんの後ろで、しばらく笑顔を失っていたお母さんが微笑んでいた。


沖縄のガイドブックやらパンフレットやらを見つめながら、嬉しそうに。


「お母さんのためにも、こうする事がいちばん良いと思うんだ」


だから、とお父さんが続けた。


「少しずつ、荷造りをしておくんだよ」


どうしよう。


あたし、東京を離れたくないのに。


気の合う友達と毎日楽しく過ごして、みんなと一緒に卒業したいのに。


彼氏と離れるなんて……嫌なのに。


でも、今更やっぱり嫌だなんて、あたしだけ東京に残るだなんて。


そんな都合の良い事は言えなかった。


「お父さんと陽妃と、与那星島で暮らせるなんて。夢みたいだわ」


だって、お母さんが本当に嬉しそうに笑ったから。


お母さんの笑顔を曇らせたくなかったから。


だけど、あの時、嫌だって抵抗のひとつやふたつ、しておくべきだったんだ。


そうすれば、この胸が張り裂けるような思いをせずに済んだのかもしれない。


そうしていれば、誰も傷付かずに済んでいたのかもしれないのに。


知らない事が幸せだったりする。


知らぬが仏っていうくらいなんだから。


沖縄行きがきっかけで、あたしは知ってしまったのだ。


友情の脆さも、恋の儚さも。


人は簡単に人を裏切れる生き物なんだって。


簡単に捨ててしまえる残酷な生き物なんだって。


……知ってしまった。
< 5 / 425 >

この作品をシェア

pagetop