恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~
『うん?』


「あの、ごめんね。お母さんに頼まれてた用事があって。また連絡するから」


それが嘘だってことは、真衣はきっと分かっていたに違いない。


あたしの声はうわずり、完璧に震えていた。


『分かった。じゃあ、切るね。元気だして、陽妃』


「あ……うん」


『……うん』


なんてよそよそしい会話なんだろう。


「じゃあね」


あたしは急いで電話を切った。


ひかりが大我の子供を、妊娠してしまった。


噂だって言ってたけど、そういうたぐいの噂はたいがい当たる。


目の奥で、ふたりが体を重ねる光景と、幸せに笑う光景がごちゃ混ぜになって、ぐるぐる回る。


あたしは愕然としながら、床に座り込んだ。


ショックは計り知れないほど大きくて、立ち上がれなかった。


海斗が、いつものように浜へ行こうと誘いに来る夕方まで、1センチたりとも動かなかった。














「ごめんね。今日、行かない」


散歩を断ると、海斗はシュンとして両肩を落とした。


「ちょっと体調良くなくて。風邪ひいたのかも」


ケホ、といかにもわざとらしい嘘の咳をした。


「そんなら仕方ないよ。治ったら、また行こう。今日は美波と行って来るさ」


にっこり笑って帰って行く海斗の背中を、あたしは最後まで見送ることができなかった。


「ごめん、海斗」


あたしは部屋に戻って、薄っぺらいスマートフォンを握り締めて膝を抱えた。
< 69 / 425 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop