割り切りの恋人たち
 春の暖かい風が吹き抜ける。
 弘美のポニーテールが風になびいた。
「風、気持ちいいね」
 弘美は空を見上げながら言った。
「あぁ気持ちいいよな」
 俺は弘美にそう言った。
「これ似合うかな?」
 弘美はそう言いながら、右手でポニーテールを2回ほどなでた。
 だから俺は「あぁ」と一言だけ答えた。
「昔っから直行は、一言だけだったよね。あたしさ30歳も過ぎてポニーテールにするの恥ずかしいんだけど、やってみた」
 と言いながら、弘美は無邪気に笑っていた。
 俺は懐かしく思っていた。
 弘美のポニーテール姿を……。
 駅の改札に向かう駅ビル内のコンクリートの階段をふたりで肩を並べて昇っていく。
「そう言えば、昔もこうして一緒に昇ったよね。この階段」
「ああ昇った」
 俺は今、弘美と同じことを考えていた。
 意思までもが通じ合っている。
 まったくあの時と同じだった。
 この階段だけは当時の面影を残していた。
 昭和の雰囲気が残る、この階段。
 階段の横には昇り専用の、エスカレーターが流れている。
 駅ビルと隣接しているが、駅ビルは変わっても、ここはまったく変わっていない。
 薄暗いのもあの頃のままだ。
 そして券売機の前に到着した。
「また……会おうね」
 弘美はそう言った。
 だから俺は「ああ」と一言答えた。
 弘美は北部線の改札に向かう。
 改札を通り過ぎ、弘美は、くるりと反転する。
 そして俺に向かい右手を挙げて振る。
「じゃあね」
 笑顔で弘美はそう言った。
 なんだか、あの当時流行っていた恋愛もののドラマのワンシーンみたいだなと俺は思っていた。そしてあの当時と同じこの場所で、あの時と同じようにふたりは別れた。
 弘美は階段を降りホームへと向かっている。
 俺はその後ろ姿を見つめている。
 弘美の姿が見えなくなるのを確認し、俺はその場を後にした。
 18年前と変わらない、あの時と同じこの場所で俺は弘美を見送った。
 あくびも出ないほど、しらけていた俺。
 笑顔ひとつ作ることすら忘れていた。
 忘れかけていた人のやさしさとぬくもりを弘美が再び思い出させてくれた。
 思い出がたくさんつまったこの街で。
 割り切りの恋人たち。
 それはきっと、神様のイタズラだったのかもしれない
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