ありがとう、さようなら
帰りの車の中、私もお父さんも無言だった。
それがかなり続いた頃、父は口を開いた。

「桜花、人というのは不思議でな。
大切なことを忘れて過ごしてしまう。」
父が何を言いだしたのか私にはわからなかった。
「真由という子がどんな子なのかはわからない。
ただ言えるのは、その子は傷つきたくない一心で逃げ、桜花という存在も、家族の不器用な暖かさも忘れていたのかもしれない。」
「…うん。」
「そして、その子は死んでしまった。
けど、桜花はその子のことを忘れてはいけないよ。」

ちょうど信号で止まり、父は私に顔を向けて言った。
「お前が忘れてしまえば、彼女は二度目の死を迎えるかもしれない。
彼女を助けれなかったと悔やむのなら、彼女のような人を助けるために覚えているんだ。
助けられない悔しさを、
何もできなかった歯痒さを、
そして、
彼女の無念な気持ちを。」

信号が青になり、車は動き出した。
「お前がそれを忘れない限り、彼女は生き続ける。
お前の思い出の中で。」
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