LOVE*PANIC
葉瑠の歌声は耳に心地いいものだ。
ハスキーでいて、甘い声。
彼女のファンでなくとも、彼女だと分かる程に独特の歌声だ。
それだけは生まれ持っての才能で、一歌がどんなにボイトレを重ねても、手には入れられないものだった。
一歌は憧れと同時に、悔しさを覚えながらも、葉瑠の歌声に耳を傾けた。
ふいに口ずさみたくなるメロディを歌いこなす葉瑠は、休止前より、格段に歌唱力を上げているように思えた。
この為の活動休止だったのだろうか、と一歌は考えた。
葉瑠の活動休止については、当時、様々な噂が流れた。
結婚、病気、海外レーベルへの移籍。
元々、歌うことに執着していない人だとも言われていた。
だが、その真相ははっきりとしていない。
誰も知らないし、葉瑠も「しばらく休みます」とだけ世間に告げて姿を消したのだ。
だが、こうして歌う世界に戻り、美し過ぎる歌声を披露している。
「いっちゃんのが上手いね」
一歌の耳は急に葉瑠の歌声を遠ざけた。
一瞬にして、修二の声に囚われたような感覚だ。
「それは有り得ないですよっ」
一歌は咄嗟に我に返り、修二の言葉を否定した。
葉瑠より自分の方が歌が上手いなんて、そんなことがあるはずがない。
「本当だって。
確かに、葉瑠は声がいいけど、歌唱力でいえば、いっちゃんのが上だよ」
修二の言葉に、一歌は頬が緩むのを感じた。
例え、お世辞だとしても、嬉しかったのだ。
修二の言う通り、葉瑠の歌声はすごい。
一歌もそれは十二分に分かっていたし、それに敵うはずがないことも理解していた。
それでも、自分の方が歌唱力が上だなんて言われて、嬉しくないわけがない。