月物語2 ~始まりの詩にのせて~



山小屋、東苑はそういったものに初めてはいる。



中は案外広々としていて、子どもたちの物は整頓されていた。



「彩夏殿!
客人に茶を。」



猿子の声掛けに、奥から無表情の彩夏が出てきた。



心がない、いや、まるで心を殺しているようだ。



東苑を見ると、頭を下げてまた奥に戻っていった。



虚ろな瞳には、東苑の存在は写ったのだろうか。



「彩夏殿は、子どもたちの存在に、命だけは救われているのです。
ここでできることは、もうありません。」



猿子が卓の上で手を組んだ。



「今は、生きていられるだけでよいのです。
それが、もっとも難しいことなのです。」



「彩夏殿の記憶は、失われたままです。」



「やはり。
ですが、それもあの方がお導きになるでしょう。」



「ほう、それはよい意味で?
悪い意味で?」



猿子の鋭さに東苑は苦笑する。



「わかりませぬ。
そして、あの方が無事に帰ってくださるか。」



彩夏がコトリと湯飲みを置く。



茶の味は、かつての彩夏の物となんら変わりはない。



「もう暫く、彩夏殿を頼みまする。」



子どもたちに囲まれる彩夏は、不気味なほど無気力だった。





< 222 / 248 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop