月物語2 ~始まりの詩にのせて~
山小屋、東苑はそういったものに初めてはいる。
中は案外広々としていて、子どもたちの物は整頓されていた。
「彩夏殿!
客人に茶を。」
猿子の声掛けに、奥から無表情の彩夏が出てきた。
心がない、いや、まるで心を殺しているようだ。
東苑を見ると、頭を下げてまた奥に戻っていった。
虚ろな瞳には、東苑の存在は写ったのだろうか。
「彩夏殿は、子どもたちの存在に、命だけは救われているのです。
ここでできることは、もうありません。」
猿子が卓の上で手を組んだ。
「今は、生きていられるだけでよいのです。
それが、もっとも難しいことなのです。」
「彩夏殿の記憶は、失われたままです。」
「やはり。
ですが、それもあの方がお導きになるでしょう。」
「ほう、それはよい意味で?
悪い意味で?」
猿子の鋭さに東苑は苦笑する。
「わかりませぬ。
そして、あの方が無事に帰ってくださるか。」
彩夏がコトリと湯飲みを置く。
茶の味は、かつての彩夏の物となんら変わりはない。
「もう暫く、彩夏殿を頼みまする。」
子どもたちに囲まれる彩夏は、不気味なほど無気力だった。