モノクローム
いつの年か忘れたけど、一度だけ秋に手紙を書いた事がある。
住所が分からなくて、どうしようかって思ってると早瀬さんがやって来て、渡して貰った。

それから、冬になる頃に秋から手紙を貰った。
随分遅い返事だなぁ…なんて思いながら開けたら、これでもかってくらい小さな文字で頼りなく一言だけ書いてあった。




早く社会に出て
大切な人を見つけて下さい。

黒川 秋




大切な人、か…

今頃、秋は幸せで居るかな…



柔らかな春の風が凪いで、少し伸びた前髪を擽りながら足早に去って行く。
手紙をお腹に抱え、目を閉じると軽やかなオルガンの音と子供達の可愛らしい歌声が耳に響いた。


「やるか」


俺は子供達に元気付けられるように体を起こし、手紙を胸ポケットにしまってから屋根の塗装に取り掛かる。
屋根を丁寧に掃き、白いペンキを塗りながらいつの間にか一緒に口ずさんでいた。




黒ヤギさんからお手紙着いた
白ヤギさんたら読まずに食べた
仕方がないのでもう一度書いた
さっきの手紙のご用事なぁに




手紙のやり取りはその一通だけで、それからは何もなかった。

一度だけ

たった一度だけ、「元気にしてますか?」と早瀬さんに訊いた事がある。
そうしたら、早瀬さんは「幸せそうでしたよ」と言ってにっこり笑った。
< 91 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop