この声がきみに届く日‐うさぎ男の奇跡‐
蒸し暑い部屋


眠った美代の額と鼻の下には、小さな汗の玉が浮いていた。


美代…


俺はさらに美代に近付くと、美代の顔に貼り付いた髪の毛を指で取ってやった。


そしてそのまま美代の寝顔を見つめる。



人生…不思議なもんだな。


絶対に届かないはずだったのに
今はこんなにも近くに感じる。



美代に触れてみたい――…



俺は美代の頬をそっと撫でた。


温かくて柔らかな頬。



人間社会の細かいルールは俺にはまだわからないけれど


人間としての本能は備わっている。


つまり、呼吸の仕方や二足歩行なんかは山吹に聞かなくても最初から分かった。


ならば…


この沸き上がるような気持ちも人間としての本能なのだろうか。



自分のタイムリミットを間近に感じた今日


俺は改めて感じた。



美代が好きだ





そのまま俺はそっと美代の鼻に自分の口元を近付けた。



うさぎの頃―――…


美代がいつも俺にしてくれていたおやすみの合図。


ただのおやすみの合図だと自分に言い訳しながら


美代の鼻の頭に軽く唇が触れると愛しさが込み上げた。



誰かを想うというのは


こんなにも心が震えるんだな…





「おやすみ、美代」




俺は小さく呟くと、自分の布団の上でゆっくりと瞳を閉じた。




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