黒の歌姫
「回り道になる」
「急ぐ旅でもないでしょうに」
「ユース城邑に着いたら、お前を厄介払いできる」
「早ければ早いほどいいってわけね」
 ソニアはそう言って顔をしかめた。
 坂を下りきってしばらく行くと、ほどなく四辻へと出た。が、その場の異様な光景に二人は思わず馬を止めて顔を見合わせた。
 正面の道は街道。
 左の道はけもの道といっていいほど細く、湖へと続いている。右の道は、それよりやや広く、その先には坂の上から見えた小さな集落がある。
 尋常でなかったのは、村を取り囲む垣根のように街道沿いに林立しているいくつもの木の十字架だった。
 ソニアは馬からすべり下りると、十字架に手をふれた。
「しいの木ね」
 ソニアはランダーに言った。
「わざわざ十字にしてあるのは、あの湖に住む精霊を締め出すためだと思うわ」
「そんなので効果があるのか?」
 ランダーは半信半疑だ。
「十字架自体には効果なんてないわよ。それは迷信。効果があるのは材料の方ね」
「しいの木?」
「そう。これは、もともと〈赤い大陸〉からもたらされた植物だから、この地とは相いれないのよ。精霊たちがしいの木に近づくことはまずないわ」
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